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No.4 鬼子の闘い(3/3)

last update Last Updated: 2025-09-08 18:00:50

 エンピマンは園芸用スコップをナイフのように突き出し迫ってくる。猛烈なスピードに押されながらも、こなれてないと見切って、両手が伸びるタイミングで懐に入り下から顎に頭突きを食らわした。宙に浮くエンピマン。血飛沫が満月を彩る。体が着地する前に胴体を抱えそのまま地面に杭打ちすると、骨がひしゃげる音がした。エンピマンは逆さに突き立ったまま激しく痙攣しだす。やがて体から黒煙が立ち登り徐々に外郭が剥離しだすと、風にさらわれ霧消したのだった。それは屍人の最後によく似ていた。つまりまた青墓のどこかでよみがえるということだ。

 きびすを返し爆心地へ奔った。窪地になった中心に降りて行くと盛り土の跡があったが誰もいなかった。蓑笠の連中の姿を探した。爆心地の何処にも姿はなかった。そこは風も無く雨上がりの後に匂うオゾン臭が漂っていた。

 あの子とヴァンパイアが待つ土蔵の前に戻った。あの子は寝息を立てて眠っていた。その横に座っているヴァンパイアに、

(すまない。間に合わなかった)

 すると立ち上って、

「仕方ない。どうにもならないこともある」

(この子は?)

「じきに起きるが怖がらすな」

 と言うとよろよろと歩き出した。引きちぎられた背中の羽が痛々しかった。

(どこへ?)

「帰る。次のミッションがある」

 ヴァンパイアを見送った後、ボクは土蔵の前の階段に座り、寝ている子のことを見ていた。目の下に隈が出来ていた。濡れた髪がやつれた頬に張り付いていた。随分と疲れている様子。この子はずっとボクを支えてくれた。潮時では近づいて来てはくれなかった。でも今は、こうしてすぐ側で寝息を立てている。なんだか不思議な感じがした。目を覚ましてボクのこの顔を見たら驚くだろうか。潮時が明けるにはまだ早そうだし充分可能性はある。少し離れて座っていようか。それにしても気持ちよさそうな寝顔だ。顔を近づけてみると幼子のようないい匂いがした。なんだかボクまで眠くなってきた。ちょっと横になろう。さすがに今の闘いで疲れたんだ。

 ―――そして、

 あたしは目を覚ました。起き上がって見回すと、白漆喰の土蔵の前にいてあたりは静まりかえっていた。横を見ると冬凪が寝ていた。エンピマンは? いないようだった。
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  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(2/3)

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